「AUTO SALON TECH 2023」の会場に足を踏み入れると、まず最初に目に飛び込んでくるのが“BEV” と“H2”の文字。カーボンニュートラルをテーマとする、この会場に展示されるのは、電気だけで走行するBEV(バッテリーEV)に限らず、さまざまな方法、選択肢が存在するカーボンニュートラル技術を用いるクルマたち。ほかにもICE(内燃エンジン車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、そしてHEV(ハイブリッド車)など、用いられる技術の種類別に展示コーナーが設けられている。 TEXT&PHOTO:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI)

会場のなかでもとくに興味深かったのがH2、つまり水素を利用する車両を展示するコーナーだ。というのも、ここに展示されているグランエースとカローラクロスの2台は、どちらもトヨタが開発中の試作車なのだ。一見すると華やかなグラフィック以外は市販車と大きく変わらない“ノーマル然”としたものだが、その内部は市販車とは大きく異なる、いわばメーカー製作の“カスタムカー”だ。

まずグランエースは、パワートレーンのすべてをミライのものに換装、FCEV(燃料電池車)化したというもの。カスタムカーでいうところの“エンジンスワップ”だが、もともとエンジンを搭載しているグランエースにミライの水素燃料電池と電動パワートレーンのシステムを移植するのは容易ではなかったとのこと。聞けば展示されていた車両は、グランエースのFCEV化としては2台目ということで、「1台目の製作で掴んだ勘所を活かし、見栄えも考えながら仕上げた」(担当エンジニア氏)とのこと。
(ちなみに1台目は2021年の箱根駅伝で、オフィシャルカーとして披露されている)

「FCグランエース」と名付けられたこの車両の特徴は、グランエースの特徴である広々とした後部の室内に、燃料電池で得られる電力を組み合わせることで実現した、快適かつ実用的なオフィス空間。

水素燃料電池から得られる電気は直流(DC)の370V、これをコンバーター(変換器)により、家庭用コンセントと同様の交流(AC)100Vに変換するというシステムを搭載。給電能力は3000kW(1500kWのコンバーターを2基搭載)で、後部室内に備え付けられた2台の大型ディスプレイとPCなどをストレスなく利用することができる。

もともと車両を走行させるために搭載されている水素燃料電池の発電能力からすると、こうしたオフィスで用いる電気製品の消費電力は「ずっと小さい」とのことで、1回の水素充填で4〜5日以上にわたって連続使用できるという。

エンジンルームにはミライの水素燃料電池ユニット+モーター駆動用のインバーターが、まるで純正のようにキレイに収まるが、後輪駆動のミライ(現行型)とは異なり、FCグランエースは前輪駆動。そこには駆動レイアウトの自由度が高い電動パワートレーンの特徴も垣間見ることができる。

そして「COROLLA CROSS H2 CONCEPT」と名付けられるもう一台、こちらは水素を燃料電池とはまた別の方法で利用する。水素燃料電池で発電するのではなく、水素を内燃エンジンの燃料として使うという車両だ。

すでにトヨタではカローラをベースに同様の技術を用い、レースシーンで実証実験を行なっており、展示されていたこれを公道仕様の車両に応用したもの。

水素エンジンの良いところは、エンジンの基本構造をそのままに、燃料タンクに換えて水素用の高圧タンクを搭載すれば実現できるという点。要は手軽で、エンジンなど従来のリソースを活かせるというところが魅力なのだが、手軽といっても、車両全体からパワートレーンの構造まで、大きく変更する必要のあるEVなどと比べればというだけで、それなりに難しさがともなう。

その要因はおもに二つ。円筒形以外の形状が選べず、どうしても体積が必要な水素高圧タンクを、いかに搭載するのかということと、水素の供給に専用のインジェクターが必要ということ。これらはいずれも、この世の中でもっとも比重が軽く、密度が低い水素というものを扱う以上、必ずついてまわる宿命ともいえる問題。後者については、ほかの燃料と比べパワーを得にくいということにもつながっている。レース仕様車ではこれをエンジンチューニングで補うが、展示車は公道仕様が前提ということで、レース仕様の水素エンジン車と比べると、パワーはかなり抑えられたかたちとなっているという。

水素燃料電池車と水素エンジン車、同じ水素を利用しながらその方法は大きく異なるわけだが、水素を車両に搭載するための技術は共通。そこでカギとなっているのは、小さな水素分子の透過を防ぐ樹脂と、高圧に耐えるための高強度繊維を組み合わせるというコンポジット構造で、これは初代ミライを開発する際に、トヨタが世界に先駆けて実現した技術だ。70MPa(大気圧のおよそ700倍!!)という超高圧で水素を気体のまま車両に搭載できるようにするこの技術の登場は、クルマのような移動体における水素利用の可能性を大きく拡げるターニングポイントとなった。

初代ミライ登場の際には孤軍奮闘というイメージが強く、一部では“ガラパゴス”と揶揄する輩もいたが、いまや風向きは大きく変わり、EV政策“震源地”の欧州でも水素利用の実用化に向けた動きが加速。バッテリー技術の進歩が伸び悩み、電力利用(おもにEV)のメリット、デメリットが明確になりつつある現在、“頼りの綱”にもなりつつある。

会場では可能であれば展示車のフロア下を覗いてほしい。そこには現在のカーボンニュートラルに向けた道のりに、水素という選択肢を加えるうえで大きく貢献した、高圧水素タンクがある。展示される両者ともに、苦労して搭載していることも伺えるはず。新しい技術が形成されていくさまを目撃できる貴重なチャンスである。